妊娠8週の検診から帰ってきた妻が、泣いていました。
その場の空気で、直感的に「流産だったんだな」と分かりました。
正直、どこかで油断していた自分がいます。
妊娠10週より前は流産しやすい時期で、10%から15%くらいの確率で起こることは知識としては知っていました。
でも、長女も次女も順調に生まれてきたし、周りでもあまりそんな話は聞かない。
なんとなく自分たちには関係のない話のように思っていたんです。
けど10%から15%って、誰にでもあり得る数字ですよね。
実際に自分の身に降りかかって、ようやくその重さに気づきました。
妻の話では、6週目の検診のすぐ後くらいに、成長が止まってしまっていたようです。
本当なら今は2センチくらいになっているはずなのに、1センチもなくて、心拍も確認できませんでした。
土曜日の検診だったので、週明けの月曜日に手術をして、中をきれいにする処置をすることになりました。
泣いている妻の横で、私は涙が出ませんでした。冷たいかもしれませんが、まだ生まれていないからか、実感が薄い。
「次はいつ妊娠できるか」とか、「上の子たちと何歳差になるのか」とか、「妊娠のことを伝えてしまった人たちに、なんて説明しようか」とか、そんなことが頭をよぎりました。
今の時代、分からないことはすぐにAIが教えてくれます。
この時期の流産は、お母さんの行動のせいではなく、染色体の異常で起こる可能性がすごく高いことも、すぐに分かりました。
疑問のほとんどは妻がチャッピー(ChatGPT)に聞いて解決してしまうから、私にできることといえば、妻を抱きしめて、一緒に悲しむことくらいか。
しかし悲しくても、お腹は減るんですよね。
上の子供に「赤ちゃん、死んじゃったんだ。もう生まれてこないんだよ」と説明していたら、妻のお腹が「ぐ〜」と鳴りました。
タイミングが良すぎて、みんなで笑ってしまって、「とりあえず、ご飯食べようか」ということになりました。

お昼を食べた後は、じっとしているより誰かに会ったほうがいい気がして、おばあちゃんに会いに行った。
90歳を超えても病気ひとつせず、元気に生きている人です。
会うといつも優しい言葉をかけてくれるので、今回も救われました。
こういう流産があっても、その後はまた普通に妊娠できることが多いみたいです。
7歳の長女と3歳の次女が、大きな病気もなく元気に育ってくれている。
その当たり前のような日常が、実はどれほどありがたいことなのか、改めて思い知らされました。
その日の夜。次女はもう寝ていたので、長女に「元気に生まれてきてくれてありがとう」と伝えると、彼女はなんだか少し照れくさそうに、喜んでいました。
たまに長女は「自分なんて大嫌い」と言うことがあります。
妹や周りの人に優しくしたいのに、うまくできない。そんな理想と現実の間で、自分を責めているのかなと思っています。
「パパもママも、あなたのことが大好き。もしあなたに何かあったら、本当に悲しい」
「だから、自分を大切にしてほしい」
そう伝えました。
どこまで届いているかは分かりませんが、少しだけ、満足そうな顔をしていたような気がします。



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